『組織文化とリーダーシップ【原著第5版】』監修者 あとがき抄録
A5判・424ページ
定価 本体4091円+税
E.H. シャイン/P. シャイン 著
宇田 理 監修・監訳 藤原 七重/山本 崇雄 監訳
2025/03/31 出版
ISBN9784561237358
白桃書房
本書は,2017 年に発刊されたEdgar H. Schein with Peter Schein, Organizational Culture and Leadership, 5th ed. の全訳である。著者のシャインは,組織論の世界では,組織文化論の代表的研究者として知られており,本書は彼の最重要著作といえる。それはシャイン自身の改訂にかける情熱からも見て取れる。1985 年(訳書は1989 年刊)に初版が出版されて以来,1992 年に第2版(未訳),2004 年に第3版(未訳),2010 年(訳書は2012 年刊)に第4版,そして2017 年に第5版と約30 年に渡り4度も改訂を重ねてきたが,中核概念はそのままに,毎回,新しい研究動向を踏まえたトピックを加えながら,目次構成を大きく変えており,単なる増補に留まらない本格的な改訂を施している。まさに,年を重ねても常に学習し続けるシャインの姿が窺えるが,今回訳出した第5版は,内容的には詰め込みすぎた感のある第4版をうまくシェイプアップし,組織文化について学び,考えたいすべての読者に手放しで勧められる著作となっている。
まず,本書の持つ特徴と要点について触れておくことにしよう。本書の最大の特徴は,シャインの「組織心理学」の研究と,世界有数の企業でのコンサルタントの経験を通じて培われた知見を惜しみなく披瀝してくれている点にあり,まさに「組織文化の解剖学」ともいうべき書物に仕上がっている。その要点は,大きく4部構成になっている目次に明確に表れている。まず,文化分析の基礎となる「文化の構造」を捉える視点の学びからスタートし,昨今その重要度を増している「マクロカルチャー」の様々な影響に目配りしながら,「文化の進化」がもたらすダイナミズムの本質を理解し,「文化の変革の実践」へと進んでいく流れになっている。
第1 部「文化構造を定義する」は,シャインの文化理解の核となる部分で,「文化の3階層モデル」を通じて「文化の構造」の読み解き方を教えてくれる。シャインの文化理解の基本スタンスは,一言でいえば,組織メンバーの行動を突き動かす文化の要素は,文化の最深部にあり,外部者にとって,直接,見たり触れたりできないものであるということだ。3階層モデルでいえば「基本的前提」に当たる部分である。こうした前提をつかむには,組織に分け入り,内部者の視点を持とうとしたり,内部者に尋ねたりする必要があるが,内部者自身も日頃から意識していないので答えるのが容易でなかったりする。
逆に,組織を訪ねた外部者がすぐ目にするのは,シャインが「人工物(アーティファクト)」と呼ぶモノやコトである。例えば,受付の応対がフレンドリーだったり,かしこまっていたり,オフィスがセクションごとに仕切られていたり,仕切りがなくオープンだったり,社内が賑やかで活気に溢れていたり,しーんとしていたりといった組織特有の雰囲気(文化)は,外部者にとっては不思議に思えたり,不可解だったりする。社内の会議に同席させてもらえる機会があれば,シャインがDEC の会議に参加して目を丸くしたように,メンバー同士の会話から,組織特有の不可解な文化をもっと顕著な形で感じられるだろう。
もちろん,組織に入り込まずとも,昨今,経営学で盛んに議論されている社是や社訓といった外部に公開されている経営理念からも組織文化の一部が見て取れる。これらをシャインは「標榜されている信念や価値観」と呼んでいる。ところが,企業が外部に発信している価値観が,外部者が見たメンバーの行動や様々な人工物と一致せず,外部者の不可解な思いが募ることもある。こうした組織内の不可思議な現象や出来事を読み解いていくスキルは,シャイン自身が長きにわたりコンサルタントとして関わった企業や政府組織のケース(第3章から第5章)を読みながら,学ぶことができる。
第2部「リーダーがマクロカルチャーについて知っておくべきこと」では,組織の文化というものは,本社のある国の文化や支社がある別の国の文化との「入れ子構造」になっており,重層的な文化理解が大変重要であることが語られる。昨今の組織のリーダーは,各々のメンバーが自ら育ち,教育を受けてきた各国の文化(マクロカルチャー)に大きな影響を受けていることを理解する必要性が高まっている。グローバル化に伴う多文化共生時代には,異なる国々のメンバーが一堂に会し,1つのビジネスを推し進めていく機会が増えるからである。そして,当然のごとく,マクロカルチャー由来の様々なコンフリクトが発生する。それぞれのメンバーが,自国の文化におけるやり方こそ正しく適切であるという思い込み(前提)からスタートするからである。さらには,相手の面子を保つために,これは仕事上の関係だから仕方がないと割り切ってしまうことで,お互いの理解や共感に至らないことも多々ある。そのため「文化の孤島」という状態を創り出すこと,すなわち,お互いの文化を成り立たせている暗黙のルールを一旦棚上げし,対話を可能にする作法も重要になってくる。
第3部「成長段階における文化とリーダーシップ」は,本書の最も重要なパートであり,文化の進化とそのダイナミズムを捉える視点を学ぶことができる。具体的には,組織のなかで文化はどのように創り出され,進化していくのか,また,文化の進化をリーダーがどのように管理し,操作し,ときに介入していくべきなのかを学ぶことができる。とくに,DEC,アップル,IBM などのケースを通じて,創業者たるリーダーの思いが文化を創り出し,彼らのビジョンや価値観が徐々に組織に浸透し,成功体験と共にいつしか文化の基本的前提となる一方で,幹部は組織の血肉となった文化の基本的前提を守ろうとするあまり,暗に後継者のイメージを固定してしまい,どのようなリーダーシップが価値を持ち,受け入れられるのかを規定してしまうなど,文化の作用機序が創造から制約へとダイナミックに変わっていく側面が理解できる。
しかし,文化がダイナミックに作用する場所はリーダーの周囲だけに留まらない。よく知られているように,当初,「創業者の属人的な組織運営」がなされてきた組織も,成長と共に職能,地域,製品,市場の分化が生じ,それらをうまくマネジメントするために,標準化された,時に人間味のないルーティンが形成され,「官僚制組織による制度的な組織運営」へと移り変わっていく。ここで重要なのは,分化の過程で,それぞれの部門や部署に下位文化(サブカルチャー)が醸成され,文化間のコンフリクトを生じさせることである。そのため,すぐれたリーダーは「文化に対する謙虚な姿勢」を忘れず,共通の目標・言語・問題解決の手法を駆使しながら,対話を重ね,異なる文化間のコンフリクトをうまく収め,多様な文化を整合させていくのである。
ここから分かるのは,文化とリーダーシップという2つの機能は相互に依存しており,両者の関係性および相克が,組織のあり様や行く末を規定していくということである。実は,当初は『組織における文化とリーダーシップ』というタイトルを考えていた。その方が「文化とリーダーシップの相互の関係性」が際立つからである。ただ,過去の2つの版の翻訳いずれもが『組織文化とリーダーシップ』というタイトルで出されているので,馴染みのあるタイトルに倣うことにした。そのため,読者の皆様には,組織において「文化(グループの影響力)」と「リーダーシップ(個人のイニシアティブ)」という2つの側面が表裏一体である点を意識しながらお読み頂けると嬉しい。まさに,組織のメンバーは,今いる組織の文化の影響を受けながら行動しているが,メンバー誰もがリーダーとして,自分の所属先の文化を強化したり,そこに新しい要素を付け加えたりもしている。ここに文化のダイナミズムが見て取れるのである。
最後の第4部「文化を評価し,計画的変革を導く」は,シャインの文化に関わるコンサルティングの経験がふんだんに活かされた,組織コンサルタントにとって大変有用なパートである。まず,文化をどのように評価・診断するのかについての方法論的バックグラウンドを明確にし,診断型定量的アプローチと対話型定性的アプローチの2つの評価手法を解説した後,ステップごとの変革マネジメントの実践作法を丁寧に語ってくれる。
昨今,多くの企業が自社の文化を評価・診断したいというニーズを持っており,欧米では簡単に調査できる文化診断アプリが数多く提供されている。とくに第14 章では,IT 業界に精通している息子ピーター・シャインの協力を得ながら,そうしたカジュアルな文化診断に冷ややかな評価を下している。さらに,第16 章の冒頭のくだりで,闇雲にコンサルタント任せで文化診断を行っても意味がないことも指摘しており,文化を診断したり,文化の変革を進めたりするときに,クライアント先で起きている問題をクライアントと一緒に1つずつ定義していくことの大切さを訴えている。実際,企業の人事部などが文化診断を望む理由の1つに,従業員のエンゲージメントの低下が挙げられるが,文化診断を行えば,その原因が解明できるわけではない。組織のなかでなにかよくないことが起きている場合,その原因が自社の文化にあると断定されやすいが,仮に文化が問題だとしても,それがマクロカルチャーの場合もあれば,各部門や部署に息づいている下位文化の場合もあり,文化のどの要素が問題の根源かはすぐには特定できないのである。また,そもそも文化が問題の根源であるかどうかも怪しい。その意味では,シャインが本書の最後に「あなたのなかにある複数の文化を知れ」と「学習者としてのあり方」を記しているのは示唆的である。文化はすでに「あなた自身のなか」に現前しているからである。
さて,本書はシャインの主著であるから当然,著者について述べておく必要があろう。しかし,わたしのような組織心理学を専門としない研究者ではなく,むしろ「心理的安全性」という概念を世に知らしめ,多くのビジネスパーソンの心を捉えた,リーダーシップ論を専門とするエイミー・エドモンドソン先生に語って頂く方が適切だろう。そこからは,シャインが昨今のビジネスシーンにとって大切な問題を,いち早く提起してきたことが分かる。「私が心理的安全性に出合ったのは偶然だったかもしれないが,その重要性は,遡ること1960 年代初めに,組織改革の研究が進むなかで認識された。マサチューセッツ工科大学のエドガー・シャイン教授とウォレン・ベニス教授が,1965年の著書のなかで,組織改革の不確実さと不安に対処できるようになるには心理的安全性が必要だと説いたのである。シャインはのちに・・・仕事をしていると,批評に対して神経過敏になったり「学習する不安」にぶつかったりするが,これらを克服するには・・・心理的安全性が不可欠だ」(野津智子訳『恐れのない組織』英治出版,2021 年,36 頁)と述べているのだ。
こうしたくだりを読むだけでも,シャインの研究キャリアをたどりたくなるかもしれない。そうした方には,日本にシャインを知らしめたこの領域の第一人者である金井壽宏先生の『キャリア・デザイン・ガイド』(白桃書房,2003年)所収の「付録1 シャイン教授のキャリアと研究業績を考えるために」や,シャイン著 金井壽宏監訳・金井真弓訳『人を助けるとはどういうことか』(英治出版,2011 年 第2版)所収の金井先生の「解説」をお勧めしたい。他にも,日本の組織開発の分野の第一人者,中村和彦先生が訳されたジャルヴァース・ブッシュ& ロバート・マーシャク編著『対話型組織開発』(英治出版,2018 年)所収のシャインの序文「対話型OD―過去,現在,そして未来」からは,シャインの学問的立ち位置が垣間見えて面白い。
シャインの半生をもっと深く知りたい方には,最近翻訳された,中村浩史訳『マイ・ラーニング・ジャーニーズ』(産業能率大学出版部,2022 年)というすぐれた自伝もある。同書の第1部「アメリカ人になる」には自身の「異文化への適応」が語られていて,本書の「マクロカルチャー」の理解を深めてくれるし,日本語版には研究者としてのキャリアのパートが追加されていて,組織文化のアイデアが1981 年の半年のサバティカル(研究休暇)のなかで出てきたことなど,本書の着想の背景も語られている。
逆に,シャインの組織文化の視点をもっと実践的なモードで活かしたい方には,近年,シャインの書籍やアイデアを精力的に日本に紹介されている尾川丈一氏による一連の著作や翻訳が有益である。なかでもエドガーH. シャイン・尾川丈一・石川大雅著,松本美央・小沼勢矢訳『シャイン博士が語る組織開発と人的資源管理の進め方』(白桃書房,2017 年)がよい。その他に「Humble三部作」ともいうべきシャインの晩年のシリーズの一冊,金井壽宏監訳・野津智子訳『謙虚なコンサルティング』(英治出版,2017 年)も有益だろう。
昨今,日本のビジネスシーンでは「カルチャー」が1 つのブームになっており,多くのビジネス書が出版されている。それらの大半は「文化が強ければ会社も強い」という「強い文化(論)」と「意図した文化を創り出せる」という考え方を前提とし,働く人々のカルチャーフィット(組織文化への適合)を踏まえた,組織改革へ向けての指南書となっている。そこに現代のビジネスリーダーたちのニーズがあることは論を待たない。というのも,40 年以上前にテレンス・ディール&アラン・ケネディが城山三郎訳『シンボリック・マネジャー』(新潮社,1983 年)で提起した「強い文化(論)」は,形を変えながら幾世代ものリーダーに愛されてきたし,メンバーの求心力としての「文化の力」は,内部者にとって今もって有効だからである。けれども,それは内部者に限った話である。文化とは元来,多様な価値観が交差する重層的なフィールドであり,外部者が「これが〇〇社の文化だ!」と安易に言語化し,明確にするのは難しく,シャインが本書で「自らの文化を理解しなければならないのは内部者だけである」と主張するように,組織の外部者にはとりわけ冷静かつ慎重な判断が求められるのである。
もちろん,日本でのカルチャーブームの根源には,ここ10 年ほどのグーグルやネットフリックスといった欧米企業の経営者による「カルチャー語り」の影響がある。グーグルのCEO を務めたことのあるエリック・シュミットは,腹心ジョナサン・ローゼンバーグとの著書,土方奈美訳『How Google Works 私たちの働き方とマネジメント』(日本経済新聞出版社,2014 年)で文化について1章を割いて語っているし,今や世界中の企業からオファーが絶えない異文化マネジメントに関心を寄せるINSEAD 教授のエリン・メイヤーがネットフリックスのCEO リード・ヘイスティングスに請われて共同で書いた土方奈美訳『NO RULES』(日経BP,2020 年)などカルチャーまみれの本である。実は,日本でも楽天の三木谷浩史のようにカルチャーを語っている経営者がおり,「文化を適切に管理し,その維持に力を注ぐこと」の大切さを主張している(三木谷浩史『楽天流』講談社,2014 年)。いずれにしても,外部者にとって,これらのカルチャー語りをできるだけ偏りなく読み解くのは容易ではない。その意味では,本書が,カルチャーブームに乗りながらも,カルチャー自体を冷静に受けとめる「謙虚な器」になることを期待している。
2025 年1 月
宇田 理
本記事は、『組織文化とリーダーシップ【原著第5版】』所収の同名寄稿について、ウェブで読みやすく編集した抄録である。