【シャイン:研究の軌跡】組織心理研究の失敗から生まれたキャリア理論

キャリア・個人, シャイン:研究の軌跡, 診断

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 キャリアに関する選択を迫られたとき、自分の仕事に対する指向や動機、価値観、才能について理解しておけば意思決定はより容易に、納得のいくものとなる。そうした自分自身の姿や傾向を把握するのに役立つのが「キャリア・アンカー」というシャインが発見した概念と診断ツールである。

企業における社員の教化を研究テーマに

 1956年までウォルター・リード陸軍研究所に勤務していたシャインは、次のキャリアの選択肢としてコーネル大学の社会心理学のポストとMITスローン経営大学院でのポストという2つの内定先を得ていた。
 最終的にMITスローン経営大学院の実践的で学際的な環境が自分に合っていると判断し、MITに助教授として就職した。ここでシャインのメンターとなったのが、「XY理論」で知られるダグラス・マクレガーだった。
 それまでシャインは模倣、強制的説得(洗脳)という研究テーマに取り組んできたが、MITでは企業の管理職育成における教化の研究に打ち込むことに決めた。
 たとえば、IBMの研修所は強力な技法で社員にIBMの理念を内面化しようとし、GEで研修所に言及するときは、フォーマルではないかもしれないがGEインドクトリネーション・センターという言葉が使われていたという。インドクトリネーション(indoctrination)とは、ある教義を内面化することを意味する。中国共産党の教育機関が捕虜になった兵士にコミュニズムを洗脳(強制的説得)したのと同様、企業組織が自社の存在意義を従業員に注入したいと考え、実際にある種の強制的説得をしている可能性が、このインドクトリネーション・センターという言葉遣いから示唆された。
 働く個人が企業に入社した後、その企業組織の価値観をどのように内面化し、その結果として個人の態度や行動がどのように変わるか。すなわち、会社は働く個人をその会社が標榜する価値観を抱くように洗脳できるかというテーマの調査研究にシャインは取り組むことにしたのである。
 洗脳という言葉を使うとネガティブな印象を与えるが、自社の理念や仕事の仕方、提供している製品やサービスに自信があれば、新人には会社や仕事に早く適応してほしいと思うのは当然だろう。会社の考えを新人へ速やかに注入しようとすることは、組織や仕事にうまく適応してもらうための支援というポジティブな面もある。

失敗研究から新しい概念を発見

 この研究課題のために、シャインはMITを卒業した学生(大学院生)が企業に入社後、その会社が大切にしている価値観にどのように教化されていくのかについて、44名のパネルデータ(同じ人に繰り返し調査をかけて得られる継時的データ)を集め分析を行った。
 卒業前の大学院在学時と卒業して半年後、1年後、5年後、10~12年後に、主として仕事の世界に入ってから経験したストーリーについてインタビューを行い、組織が標榜する価値観がこれらの人たちの態度や行動にどんな影響を与えているのかを調べた。
 そうすると、組織の価値観を内面化する人もいれば、それほど影響されない人もいた。また、転職で会社を変わる人もいた。調査結果は入り組んだものとなり、教化や社会化の研究としては、はっきりとした結論の出ないという意味で失敗研究に終わった。
 ところが、思わぬ成果があった。調査協力者のなかには転職して他の会社へ移っても、あるいは同じ会社内の異動で仕事が以前と異なる内容になっていても、自分個人のなかでずっと大切にし、何度かの節目をくぐっても変わらず貫いているものが存在していた。
 それは、ある人にとっては専門性を究めることであったり、他の人にとってはリーダーシップの発揮であったり、また別の人にとっては社会貢献であったりする。つまり、いくつかの種類のキャリアの拠りどころが存在することにシャインは気がついた。これが「キャリア・アンカー」というオリジナルな概念の発見につながったのである。
キャリア・アンカーに関する最初の論文は1975年に書かれた。

意思決定を容易にする診断ツールの刊行

 キャリアの転機で自分のキャリア・アンカーを知っていれば、意思決定をもっと容易で納得のいくものにできるだろう。1985年にキャリア・アンカーに焦点を合わせた診断ツール『キャリア・アンカー』を刊行した。
キャリア・アンカーについてシャインは次のように説明している。

 「あなたのキャリア・アンカーとは、あなたがどうしても犠牲にしたくない、またあなたのほんとうの自己を象徴する、コンピタンス(訳注:有能さや成果を生み出す能力)や動機、価値観について、自分が認識していることが複合的に組み合わさったものです。」
(邦訳:エドガー・H・シャイン『キャリア・アンカー』 金井壽宏訳、白桃書房

 一方、もともと組織の個人への影響を調べようとした研究だったので、個人が周囲からの役割期待にどう適応していくかという問題が存在することにもシャインは研究の初期段階で気づいていた。これに対応するためのツールとして1995年に刊行されたのが『キャリア・サバイバル』(邦訳:エドガー・H・シャイン『キャリア・サバイバル』 金井壽宏訳、白桃書房)である。

(構成:宮内 健)

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