【シャイン:研究の軌跡】仕事でも家庭でも有用な「人を助ける理論」

シャイン:研究の軌跡, 変革・支援

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 人生のなかでは仕事における部下、同僚、上司との関係にとどまらず、配偶者や子供、友人、ときには見知らぬ人からも援助を求められたり自分が求めたりもする。だが、「こうしなさい」と指示するだけでは、相手は自ら考える力を失ってしまいかねない。シャインはそれとは対照的な「プロセス・コンサルテーション」という考え方を提示した。

コンサルティング経験から生まれた組織開発手法

 シャインがコンサルティングを行い、深く関わった企業の一つにDEC((Digital Equipment Corporation)というコンピューター企業がある。1957年の創業で一時は業界第2位の地位に躍進したが、1998年にコンパックに吸収合併された。なお、コンパックはその後、ヒューレット・パッカードに吸収合併されている。
 創業者のオルセンはMITのコンピューター・プロジェクトからスピンアウトしてDECを創業した人物である。DECからシャインにコンサルティングを依頼してきたのは、創業の2年後であった。
 MITというつながりはあったが、シャインは経営戦略ではなく、組織心理学とその応用である組織開発の専門家である。したがってDECの戦略策定に直接貢献することはできない。しかし内部者がよりよい議論を通じて正しい戦略を自ら策定するプロセスを生み出す支援者になることは、組織開発の立場から可能である。ここからプロセス・コンサルテーションと呼ばれる独自の組織開発手法が生まれていった。
 シャインはプロセス・コンサルテーションについてこう説明している。

 「プロセス・コンサルテーションとは、個人、集団、組織および地域社会を援助するプロセスに関する哲学および態度である。それは単に他の技法と比較対照される一連の技法というだけではない。プロセス・コンサルテーションは、組織の学習や開発にとって、鍵となる哲学的基盤である。」
エドガー・H・シャイン『プロセス・コンサルテーション』 稲葉元吉・尾川丈一訳、白桃書房

内容の専門家とプロセス促進者の違い

 「人にできるのは、人間システムが自らを助けようとするのを支援することだけ」(注:「人間システム」は、上記に列挙されている個人、集団、組織及び地域社会を総称する概念)との仮定がシャインの支援学にはある。「こうやれ」と指示する介入では自分の代わりに他人に考えてもらう依存的な人間を育ててしまう。シャインはそうしたやり方より、クライアントを自分で考えることができる人間にするプロセスに支援者が同行するやり方を重視した。
 援助を求める人にとってもそのほうがよりうまく、しかも納得のいく形で解決に近づけるという哲学がプロセス・コンサルテーションの基盤にはある。
 シャインは内容に直接介入するコンサルタントを「内容の専門家」、プロセスにゆさぶりをかけるコンサルタントを「プロセス促進者」と呼び、両者を区別している。
 内容のコンサルティングを否定しているわけではない。ただ、内容の専門家であるためにはその領域について完璧に近い水準で知っていなければならず、それほどの専門知識を絶えずアップ・ツー・デートして保持することは非常に難しい。
また、相手が本当は何を望んでいるかを知らないまま内容面の指示を出しても、本当の助けにはならないことが多い。コンサルティングがうまくいかなかったときは「正しいアドバイスをしたのに、クライアントの実行がまずかった」とコンサルタントに逃げ場をつくってしまうことにもなる。

プロセス・コンサルテーションの広がり

 経営戦略がうまく構築されていない企業に内容の専門家がコンサルティングを行うと、「こういう戦略でいきなさい」という答えを与えてしまう。一方、シャインのプロセス・コンサルテーションでは、すぐれた戦略を生み出すベストの当事者は内部者であり、それができていないのは正しい戦略を探し出し練り上げるプロセスに支障があると考える。DECにおけるシャインの役割は、まさにこのプロセスに注目したものであった。
 シャインは組織への介入(インターベンション)経験から学んだことを書籍にしようと考え、1969年に『プロセス・コンサルテーション』を執筆した。その後、コンサルタント向けの教訓と管理職向けの教訓を分けて2冊の本にした。さらに1999年、本当にクライアントの役に立つ、相手に意味のある援助ができる関係の樹立に焦点を合わせつつ、40年以上にわたるコンサルティング経験を総括した『プロセス・コンサルテーション再訪』(日本版タイトルは『プロセス・コンサルテーション』白桃書房)を出版した。
 プロセス・コンサルテーションは適用範囲が広く、ビジネスコンサルタントや管理職と部下との関係はもちろん、親子や夫婦、友人、教師と学生の関係にも適用が可能であり、『人を助けるとはどういうことか』(英治出版)で展開されたシャインの支援学の基盤をなしている。

(構成:宮内 健)

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