「キャリア・アンカー」活用法 ――「企業文化」と合わせてマッチングに活かせ 海老原嗣生氏インタビュー

キャリア・個人, 組織, 著名人が語る魅力

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自分らしいキャリアを歩む上で譲れない、自分にとって大切な価値観で仕事や会社を選ぶ際の判断基準となる「キャリア・アンカー」。シャインの代表的な研究成果であり、日本で非常に人気の高いこの概念を活かすにはどのような方法があるだろうか。
『雇用の常識 決着版「本当に見えるウソ」』(ちくま文庫)をはじめ、雇用に関する言説のウソを指摘し本当の問題を解決するための提言を行ってきた「人事のカリスマ」海老原嗣生氏は、やはりシャインのもう一つの研究成果である「企業文化」の概念とあわせて活用することで、よりよい働き方を見つけることができるという。
欧米の雇用事情にも詳しい海老原氏に、日本の雇用事情との比較から「キャリア・アンカー」人気の背景と、その活かし方について語ってもらった。
(聞き手 宮内 健)


【日本でキャリア・アンカーが人気の背景】

――キャリア・アンカーは日本で非常に人気があり、企業の人事部が研修でまとめ買いをしていくことも多々あります。日本における人気の背景には何があるとお考えでしょうか。

ebihara1海老原 それを考えるには、日本と欧米諸国で雇用の仕組みが大きく違うことがヒントになると思います。ワーク・ライフバランスの面などでヨーロッパ諸国の雇用に夢を持っている方々もいますが、別の側面から見るとあちらは地獄のような世界でもあるんです。フランスを例にとれば、企業組織はカードル(管理者)、中間的職務、資格労働者、無資格労働者と完全に階層化されており、「あなたの学歴ではこの階層まで」と決まっているのでタテに階層を昇っていくことはあまりありません。職務も専門で区切られており、職業資格の枠があるため「営業から経理になりたい」といったヨコの異動をしたくてもできません。タテの階層とヨコの専門で囲まれたこの構造を「籠の鳥」構造といい、ヨーロッパ諸国の労働者は学歴と職業資格の枠組みによって決められた仕事で一生生きていくことが前提となっています。公的職業訓練でそれが超えられるという幻想は用意されていますが、実際その枠を超えること、とりわけ上への転換事例は少ないです。
 一方、日本では1950年代にいわゆる日本型雇用と呼ばれる形態の原型ができてきました。つまり、工場労働者として入社しても、勤め続けてある程度の水準になれば職長、工場長と階層を昇っていける階段ができ、さらに職長以上になった段階で適格試験に受かればホワイトカラー系の事務職や営業職にも行けるような仕組みができた。これが総合職の原型で、日本の雇用は階級をなくしタテにもヨコにも行ける形になっています。大企業と中小企業という風に他企業と比較すれば階級があるように見えるけれど、一つの組織の中に入ってしまえば階級はないという仕組みになっているわけです。
 アメリカでは1950年代にハーズバーグやマズロー、あるいはマクレガーといった人たちがどうすればみんなやる気を持って生き生きと働けるかという方向で考え出して、当時は日本同様、欧州的な「籠の鳥」と決別する方向に向かっていました。1950年代のGMでは30個くらいの階段を昇りながら毎年昇給していくような仕組みをつくっています。しかし公民権運動の影響があって、「ある会社に入社した一群の人たちだけがすごく儲かる仕組みは不平等」であり、「やっている仕事が同じであれば社内でも社外でも同じ給料にならなければいけない」と内的公正、外的公正が重視されるようになって30個の階段を昇っていくうちに給料も上がっていく仕組みは壊れていきました。その結果、階層社会に近い状況が生まれて何億円も稼ぐグローバルエリートが登場する一方、昼間でも決められた仕事が終わったらすぐ帰ってコーラとハンバーガーを食べながら野球を見るような人たちの二つに分かれていきました。このため、欧米ではキャリアを考えることが一部の人たちだけのものになってしまっているんです。

――ヨーロッパとアメリカでは、労働者は階層で固定化されているのですね。

class_wage_agefrance_age_joblayercategory2海老原 給与面を見ても、ヨーロッパの資格を有する労働者でも、30歳のときの給与は、およそ2万6000ユーロです。1ユーロ=125円で計算すると325万円。そしてこの人たちが50歳まで働いたときの給与はおよそ2万9000ユーロで、360万円強までしか伸びません。20年間勤続してもあまり変わらないんです。そのかわり、この人たちの年間労働時間は1400時間で、1週間あたりで計算すると28時間しか働きません。彼らにインタビューで「こんなに給料が安くて暇なら残業すればいいじゃない」と尋ねると、「お腹が空くから帰るんだ」と言います。向こうでは外食の単価が高く特別な日にしか行けないので、夫婦で分担して食事を作らないと生活できないんです。で、50歳になっても男性正社員でもこうした自分のキャリアをあまり考える余地がない人たちが全体の60%強を占めます。一方、カードル層は18.8%で、この人たちの給与は上がりますが非常に長時間労働で、もし育休や短時間勤務を選択するとカードルから脱落してしまいます。
 ところが日本では大卒の男性が勤続する限り、どの階層であっても出発点から50代になるまでに給与は3倍近く伸び、給与面ではみんなカードル入りします。大企業と中小企業では給与水準が3割違うという格差はありますが、日本では大卒で勤続した男性は全員カードル入りするという生き方をしている。だから多くの日本人は自分のキャリアをよく考えなければならないし、キャリアの本も売れるんです。ただし、日本では非正規になってしまうと欧米の労働者よりはるかに安い給与で、かつ1900時間働くという世界になってしまいます。板子一枚下は地獄というのが日本の雇用の悪いところですが、正社員でいる限りカードルになれるのだから一生懸命頑張りなさい、キャリアを考えなさいというのが日本の仕組みなんです。


【キャリアを考える必要のある層が日本と欧米では大きく異なる】

――自分でキャリアを考える必要のある層の厚みが、欧米と日本では大きく異なるようですね。

ebihara2海老原 そうなんです。さらに、日本型雇用の特徴は無限定雇用ですよね。無限定雇用といってみんなが思い浮かべるのは業務や勤務地の異動、配転ですが、無限定雇用の良さはもっと別のところにあります。それはポストによって仕事が決まっていないという点です。経理を例にすると、一口に経理の仕事といっても債権管理や財務会計、管理会計、IRなどに細分化されています。それぞれの業務で部署が分かれポストがあり、課長がいてその下にリーダー、その下に平社員がいるといった形になっています。
 欧米の場合、基本的に空いたポストを埋めるというポスト雇用になっており、債権管理で雇われるにはその仕事をしっかりできることが大前提です。でも未経験者がいきなりできるわけがありませんから、みんなインターンシップに応募して「この仕事はできる」と言えるようにしているのです。また、ポスト雇用には定められた仕事しかできないという制限もあります。
 これに対して無限定雇用の日本ではポストで仕事が決まっていませんから、たとえば債権管理の中でちゃんとお金が振り込まれているかを確認する入出金管理や電話での督促など、業務の中から誰にでもできる仕事を抜き出して任せることができます。これなら新入社員でもできますよね。そうやって少しずつ仕事を覚えさせて債権管理を卒業したら、今度は財務会計に異動させて支店経理をやらせる。そして支店経理ができるようになったら本店に異動させて本店決算をやらせる。無限定雇用の良さはここにあって、未経験者でもぐるぐると異動させながら少しずつ難しい仕事を覚えさせ、いつの間にか経理全般の仕事ができるように育成することができるのです。日本型ジェネラリストというと、すぐに営業→経理→人事とファンクションの壁を越えて動くことや、東京→大阪と大胆な地域異動を思い浮かべがちです。でも本当はそうではなく、一つの機能の中で職域をアメーバのように広げながら、隣に移っていく。そちらの方が重要でありしかも異動の基本となっています。
 これがもし欧米なら債権管理の仕事をしながら職業訓練校や専門学校に通い、自分で財務会計の勉強をしなければなりません。そして「勉強したので財務会計の仕事をやらせてほしい」と訴えてもポストが空かないと異動することはできないので、ポストが空くまで待つか、社外でポストを探す必要があります。ですから自分でキャリア設計を真剣に考え、社内外で空きポストを狙って動いていくアグレッシブな人は早く出世していきます。それは実力主義で良いことでもある反面、そうではない普通の人たちは前述したように一生同じような水準の給与に留まります。
 仕事の内容を見ても、日本では徐々に難しい仕事を任されながら階段を昇っていくのに対し、欧米では上層にいる「考える人」たちと、言われたことを「やるだけの人」たちに二分化された構造になっています。つまり給与の高い上層の人たちが、低いレベルの人でも運用できる簡明なマニュアルをつくり、給与の安い労働者はマニュアル化された仕事をマニュアル通りにやるだけなんです。
 ここまで解き明かすといろいろなことが見えてくると思います。欧米では高い給与をもらえる限られた一群に入ろうとする人だけが自分で真剣にキャリアを考えなければいけないのに対し、日本はそこまでアグレッシブではないけれど、機会が公平に開かれているだけにみんながキャリアを考えなければいけません。そこに日本でキャリア・アンカーの人気が高い理由があると思います。


【企業文化とキャリア・アンカーで会社との相性を診断できる】

――キャリア・アンカーは実際の仕事でどう活かせるでしょうか。日本ではあまり役に立たないのでは、という声もあるようです。

five_axis海老原 確かに「キャリア・アンカーは日本に合わない」という人たちもいます。雇用の流動性が低くなかなか転職できないから、あるいは自分の意志と関係なく異動させられるので意味がないというのですが、そうした見方はキャリア・アンカーに対する冒涜だと私は思っています。日本の働き方の仕組みは欧米のようにポストごとにやるべき仕事がかちっと決められてはいないので、自分の裁量で仕事の形を変えることが可能です。営業マンでキャリア・アンカーが「保障・安定」の人なら中位の成績をキープして下位の2割に入らなければよいという働き方を選択できますし、「純粋な挑戦」なら今までにない営業手法やツールを開発して圧倒的な成果を目指せばいい。日本の会社は決め事が多いようで実は少ないから、自分のキャリア・アンカーを仕事のなかで活かせる余地があるんです。つまり、キャリア・アンカーの活かし方の一つ目は、自分に合わせて自分の仕事をつくるためのツールになると言えます。
 また、日本は、みなが階段を上る型のキャリアだから、上司は部下が昇りたくなるようなキャリアの階段をつくる必要があり、これができない人は上司失格です。では階段づくりに失敗する上司はどういう人かというと、「うちの会社ではこれが出世コースだからこの階段を上らなければいけない」「俺はこうやって出世できたからお前もそうしろ」と、既製品の階段を押し付ける人です。当たり前ですよね、部下によってキャリア・アンカーは異なるのですから。ですから、部下が昇りたくなる階段を上司がつくるための知識として、というのが二つ目の活かし方です。
 そして三つ目の活かし方が、企業文化と個人の相性を確認するツールとしてです。先ほど日本では自分で仕事を変えられると言いましたが、社風=会社のマジョリティとあまりにも合わない手法を編み出した場合、「それはうちの文化に合わないからやめなさい」と言われてしまう場合もあります。そんな感じで、自分のキャリア・アンカーに合わせてやってみたことに対し、会社からノーと言われ続けてしまったら困るでしょう。
単に上司とそりが合わないだけなら、日本企業では何とかなります。なぜなら定期異動があるからです。2年に1回程度配転はあり、それは自分と上司がそれぞれ異動するから確率は倍になります。だから、1年我慢すればだいたい何とかなります。日本の人事は人間関係をよく見ていて、軋轢のある人たちを一緒にしておくと生産性が下がるので、そりの合わない人たちは早めに配置転換します。

 問題は企業文化や組織風土と合わない場合です。シャインは最近改訂版が発売された『企業文化』で組織は成長し成熟するにつれ全体的な文化を発展させる一方で、職種や勤務地、階層をベースにしたサブカルチャーによって細分化されていくと述べていますが、もしサブカルチャーと自分のやり方が合わないなら、早い段階で自己申告してその職場から異動すべきです。たとえば経理の仕事は慎重でなければいけませんから挑戦的なことをする人は困りますが、営業や企画部門に行けばその資質を活かせます。見方を変えれば、人事部の人は個人のキャリア・アンカーについてよく理解しておく必要があると言えます。
 ではサブカルチャーではなく、その企業全体の文化――私はメタカルチャーと呼んでいますが――と合わないときはどうするか。結論からいえば、どの部門に行っても「あなたのやり方はダメだ」と怒られ続けますから、早く転職したほうがよいでしょう。そんな風に、会社全体との相性も、キャリア・アンカーで見て取れるのです。

――自分自身をキャリア・アンカーで理解する一方で、企業のメタカルチャーを把握して比較すれば相性がわかると。

海老原 企業の風土を見るには5つの軸があります。これはリクルートの人材バンクに来た第二新卒者、つまりせっかく就職したのに早く辞めた人を対象に大量アンケートをとって分析し、「これが合わないと辞めてしまう」という要素を抽出したものです。200問くらいの設問におよそ6000人が回答してくれたデータを分析した結果、(1)周囲との関係、(2)発想の方向、(3)判断の基準、(4)評価する点、(5)スピード感の5軸が出てきました。たとえば競争的な人が協調的な風土を持つ会社に入ると「お前は目立ち過ぎだ」と言われて辞めてしまいます。この5軸を使うと企業のメタカルチャーを理解できるので、それと自分のキャリア・アンカーを使えばより的確な相性診断ができるわけです。
 日本企業の採用も、自社のメタカルチャーと個人のキャリア・アンカーを比べて「この人はうちに合う」と判断しているところがあります。しかし、早く辞めてしまう人の多さからもわかるように、けっこう間違いが多い。なぜ間違えるかといえば、キャリア・アンカー以外の要素に騙されるからです。学歴や資格、英語力。中途採用ならさらに「こんな実績があります」「あの会社とコネクションを持っています」と騙される要素が増えます。要は自分のサイズに合った洋服を選ばなければいけないのに、洋服にひかれて自分に合わないサイズの服を選んでしまうんです。

――個人も企業も相手の服で判断を間違えないようにしなければなりませんね。

海老原 これは自分に言い聞かせるような話ですが、お金を見慣れているお金持ちがお金に惹かれないように、就職ランキングの上位にくる企業は東大卒やハーバード卒を見慣れているから高学歴者というだけで惹かれたりしません。しかし中堅・中小企業はあまり見慣れていないから「早稲田の学生が来てくれた」と舞い上がってしまいがちです。こうして生まれるミスマッチに気を付けなければいけません。

(6月1日白桃書房事務所にて収録、6月24日公開。6月29日、数値・記述の不整合個所を修正。)

ebiharaprofile

海老原嗣生(えびはらつぐお)

雇用ジャーナリスト。1964年生まれ。20年以上、雇用に関する取材、研究、提言をおこなう。リクルートキャリア社の第1号フェロー“特別研究員”として同社発行の人事・経営誌『HRmics』の編集長を務める。立命館大学経営学部客員教授。奈良県人材・組織マネジメント部会長。著書に『即効マネジメント』(ちくま新書)『雇用の常識 決定版』(ちくま文庫)『いっしょうけんめい「働かない」社会をつくる』(PHP新書)『マネジメントの基礎理論』(プレジデント社)等多数。

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