【シャインの業績はやわかり】キャリア・アンカー入門

キャリア・個人, 診断

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 シャインの主要な研究テーマの一つであるキャリアの研究における、もっとも目覚ましい成果が「キャリア・アンカー」という概念の発見と言えます。
 この概念は、キャリア・カウンセラーの必修の概念となっており、また、キャリア適性の診断で企業内研修などでもよく使われています。
 本稿で、そのアウトラインをご紹介します。

本文:松尾 順(シャープマインド)

 キャリア・アンカーは、組織心理学者として世界的に高名なマサチューセッツ工科大学(MIT)スローン経営大学院名誉教授のエドガー H. シャイン博士の研究成果の1つです。

 キャリア・アンカーは、キャリアにおける選択、具体的には、職業や職種、勤務先などを選ぶ際の「判断基準」となるものです。すなわち、社会人のキャリア選択の「基本指針」であり、キャリアを「方向付ける役割」を果たすものです。言い換えると、「自分らしく生きる」ために、自分のキャリアにおいて絶対に譲りたくない「最も大切なこと」であるともいえます。

 キャリア・アンカーの「アンカー」は船の「錨」(いかり)のことです。キャリアを「遠洋航海」にたとえてみましょう。遠洋航海の途中でどんな寄港地(勤務先や職種)にたどりつこうと、そこで自分の船の「錨」をおろすことで安心して停泊できます。つまり、キャリアにおいては、異動によって様々な職種を経験しますし、また、人によっては転職して様々な会社を経験することもあります。こうしたキャリアの「旅路」がどんなものになろうと、自分の「錨」はずっと変わることなく、自分らしさを保つための「拠りどころ」として存在している、そんな意味合いが「キャリア・アンカー」にはあります。

 ただし、仕事を始めたばかりの20代の頃は、キャリアを選択する上で、何が自分にとって重要なことなのか、また自分らしさが発揮できる仕事や職場とはどんなものなのかは、あまりわからないものです。というのも、こうしたことは実際の仕事を通じて実感していくことだからです。ほとんどの人にとって、自分の「キャリア・アンカー」がどんなものか、ある程度自覚できるようになるのは社会人になって5年以上経過してから、おおよそ30歳前後だと考えられます。

 なお、キャリアデザインのためキャリア・アンカーと併用したほうがよいものに「キャリア・サバイバル」と呼ばれるツールがあります。キャリア・サバイバルも、シャイン博士の研究から生まれた有益なツールです。

 キャリア・アンカーは「セルフイメージ」のことであり、端的には「自分がどうありたいか」を拠りどころとしてキャリアをデザイン(設計)すべきという思想が背景にあります。しかし、同時に、「現在の職場や職務にどう適合(マッチ)するか」を考える必要もあります。また、私たちの働く環境は常に変化していきます。現在はうまく適合していたとしても、環境変化によって、自分の職種自体が消滅してしまう可能性だってあります。

 したがって、長期的な視点でキャリアを考えるための「キャリア・アンカー」に加えて、現在のキャリア(職場や職種)でうまくやっていく、また現在のキャリアの今後の環境変化に対応するという視点でキャリアを考えることを「キャリア・サバイバル」と呼んでいます。つまり、キャリア・サバイバルでは、キャリア環境変化に対応して「どう生き残るか」を考えるわけです。

 キャリア・アンカーは、自分がどうありたいか、ということを考える、すなわち自分の内側をながめるという意味で、「インサイド・アウト」の思考と言えます。一方、キャリア・サバイバルは、自分を取り巻く、変化する外界への適応を考えるという意味で、「アウトサイド・イン」の思考法です。キャリアデザインにおいては両方とも必要であり、キャリア・アンカーとキャリア・サバイバルは、キャリアデザインのいわば「車の両輪」のようなものです。

●キャリア・アンカーは自分自身についての認識……自己概念(セルフイメージ)

 さて、キャリア・アンカーは具体的には、キャリアに関する自分自身の志向(やりたいこと、目標等)や「価値観」、「得手・不得手」、「好き嫌い」などについて、自分がどのように認識(理解)しているかということです。すなわち、キャリア・アンカーとは、「自己概念」、あるいは「セルフイメージ」のことです。

 自分のキャリア・アンカー=キャリアに関する自己概念(セルフイメージ)がどのようなものであるかは、次の質問に対してどのように答えるかでおおむね分かります。

-自分の才能、技能、有能な分野は何か。自分の強み、弱みは何か
-自分の主な動機、欲求、動因、人生の目標は何か。何を望んでいるのか、または何を望まないのか
-自分の価値観、つまり自分がやっていることを判断する主な基準は何か。自分の価値観と一致する組織や職務に就いているか。やっていることをどのくらい望ましいものと感じているのか。自分の仕事やキャリアにどのくらい誇りを持っているのか、または恥ずかしいと感じているのか

 近年、自分らしいキャリアを選択するための基本的な視点として、

・できること
・やりたいこと
・やるべきこと

という3点が示されることが多いのですが、これはキャリア・アンカーの理論がベースになっています。

●キャリア・アンカーの8つの種類

 シャイン博士が行った研究(社会人数百人が対象のインタビューに基づく)によると、キャリア・アンカーは8つの種類に分けられます。

1.専門・職能別

 特定の仕事に対する高い才能と意欲を持ち、専門家として能力を発揮することに満足と喜びを覚えるタイプです。このタイプの人たちは、ほかの仕事に移ると、自分の能力があまり生かされないため、満足度が低下します。また、2.の「全般管理」コンピタンスとは異なり、マネージャ職に対して必ずしも魅力を感じません。マネージャになると管理業務が主となるため、自分の専門性が発揮できる機会が減ってしまうからです。

2.全般管理

 経営者(ゼネラル・マネージャ)になることが価値あることと考え、経営者を目指すタイプです。いわゆる「出世志向」がある人たちです。1.の「専門・職能別」コンピタンスの人たちと異なり、専門能力の必要性は認めるものの、その専門性に特化するのではなく、企業経営に求められる全般的な能力の獲得を重視します。

3.自律・独立

 どんな仕事であれ、自分のやり方、自分のペースを守って仕事を進めることを大切と考えるタイプです。従って、このタイプの人は集団行動のための一定の規律が求められる企業組織に属することは好まず、独立の道を選ぶ傾向にあります。また、独立しないまでも、研究職など行動の自由度が高い職種が向いています。

4.保障・安定

 安全・確実で、将来の変化をおおむね予測できて(逆にいえばあまり大きな変化がない状況)、ゆったりした気持ちで仕事をしたいと考えるタイプです。もちろん、ほとんどの人が基本的には安定した仕事や報酬を求めます。しかし、保障・安全タイプの人はこの点を最優先します。このため、このタイプの人は安定しているように見え、また終身雇用が期待できる大企業への就職を望みます(現代のように企業・社会を取り巻く変化が激しい場合、会社に保障・安定を期待するのはだんだん厳しくなってきていますが)。

5.起業家的創造性

 新しい製品、サービスを開発したり、資金を調達して組織を立ち上げたり、既存事業を買収して再建するといったことに燃えるタイプです。具体的には、発明家、芸術家、あるいはアントレプレナー(起業家)を目指す人たちが該当します。このタイプの人は結果的に独立、起業する道を選ぶことが多く、企業に勤めている場合であれば、社内ベンチャー制度のようなものに応募することで、自らの起業家精神を試そうとするでしょう。なお、3.の「自律・独立」タイプの人と異なり、このタイプの人は何か新しいこと(事業や作品など)を生み出すといった創造性の発揮を重視しています。そのためには自律・独立性を犠牲にすることもいといません。

6.奉仕・社会貢献

 何らかの形で世の中を良くしたいという価値観を重視するタイプです。医療、看護、社会福祉、教育などの分野を目指す人が該当します。近年注目を集めている「社会起業家」(ソーシャルアントレプレナー)は、社会的問題を、営利事業を通じて解決していくことを目的とする人たちです。彼らにとって大事なのは社会貢献であり、事業を立ち上げることはそのための手段にすぎません。従って、5.の「起業家的創造性」のタイプとは志向が異なります。

7.純粋な挑戦

 不可能と思えるような障害を乗り越えること、解決不能と思われてきた問題を解決することなどを追求してやまないタイプです。常にあえて「困難」を探し求めているため、特定の仕事や専門性にこだわりません。「挑戦」自体が人生のテーマなのです。このアンカータイプを持つ典型的な人は「冒険家」であり、ビジネスの世界では、英ヴァージン創業者のリチャード・ブランソン氏がおそらくこのタイプです(彼は、冒険家であると同時に、ビジネスの世界でもさまざまな事業にチャレンジしていますね。例えば、大手航空会社への挑戦のためにヴァージン航空を立ち上げています)。

8.生活様式

 仕事と家庭生活、公的な仕事の時間と私的な個人の時間のどちらも大切にしたいと願い、両者の適切なバランスを考えているタイプです。仕事に打ち込む一方、例えば、子どもが生まれたら(男性であっても)育児休暇をしっかり取り、子育ても大切にするという生き方を積極的に志向します。ですから、例えば「在宅勤務」や「育休制度」といった制度は、このアンカーを持つ人にとっては大変ありがたい制度と感じられることでしょう。また、「ワーク・ライフバランス」(文字どおり、仕事と、それ以外の人生、つまり家庭や娯楽などでうまくバランスを取ろうとする考え方)という考え方が提唱されてきていますが、このタイプの人にとってそうした生き方が一番大切なことなのです。

●自分のキャリア・アンカーが明確になる人生の節目

 以上、8つのキャリア・アンカーを簡単に説明しました。社会人になってすでに10年以上の経験を持っていれば、自分のキャリア・アンカーがどのタイプなのか、比較的簡単に分かるでしょう。一方、20代で社会人経験が少ないうちは、前述したように自分のキャリア・アンカーがまだよく分からない人が多いと思われます。

 しかし、いずれは自分のキャリア・アンカーは何かという問いに直面せざるを得なくなるときが来ます。キャリアづくりにおける最大の節目「転職活動」のときです。転職活動では、次にどんな仕事、勤め先を選ぶかという短期的な見方はひとまず脇に置いておいて、まずは「人生」という大きな枠組みで、自分がどんな生き方、働き方をしたいのかという長期的な視野でキャリアプランを立てることが大事だからです。「自分がどんな生き方、働き方をしたいのか」ということをはっきりさせることは、すなわち自分のキャリア・アンカーを明確化することにほかならないのです。

 また、女性の場合、結婚や出産といった人生の大イベントや夫の転勤などによって、退職、転職、休職などキャリア上の重大な選択を迫られることが多いもの。こんなときも、自分はキャリア選択に当たって何を大切にしたいのかをじっくり考える必要性が出てきます。

 なお、キャリア・アンカーの8つのタイプは、一義的に特定の「業種」や「職種」に結びつくわけではないことをご留意ください。例えば、銀行に就職して銀行員として働く場合、内勤の事務的な業務を任されるのであれば、「保障・安定」型のアンカーを持つ人が適していると思われます。しかしながら、ベンチャー企業の支援を行うような部署であれば、「起業家的創造性」のアンカーを持っている人が活躍できる可能性があります。また、地域再生に関わるような立場であれば、「奉仕・社会貢献」のアンカーの持ち主のほうが、より大きなやりがいをもって仕事が進められるでしょう。

 したがって、キャリア・アンカーを拠りどころにキャリアの道筋を考える際は、表面的な業種や職種のイメージに惑わされず、自分のアンカーに適した仕事の「本質」は何かを追求することが有効です。

●キャリア・アンカーの把握方法

 さて、実のところ、どんなキャリア・アンカーを持っているのか、自分1人で考えていてはなかなか分からないものです。前述したように、転職や結婚、出産など人生の節目に直面すれば、いや応なしにキャリアの選択を迫られます。そんな状況では、自分が何をしたいのか、逆にしたくないのかということを深く考えざるを得ないため、自分のキャリア・アンカーが自然に浮かび上がってくるのです。それ以外のときは、友人や同僚、配偶者などに手伝ってもらい、会話を通じて自分のキャリアを振り返る機会を持つことが有益です。自分に対する認識を深めるために、他者の客観的な認識を助けとするわけです。

『キャリア・アンカー』白桃書房)には簡単な質問票(アンケート)が含まれており、それに回答すると、8種類のキャリア・アンカーのどれに最も該当するかが分かります。

 また、同書には「キャリア・アンカー・インタビュー」の質問項目が掲載されています。友人などに頼んで、この質問を投げ掛けてもらい、自分のキャリアを振り返り、今後のキャリアづくりにおける指針=キャリア・アンカーを明らかにしてみてください。自分のキャリア・アンカーを把握しておきたいという方はぜひこの本を参考にされるといいでしょう。

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Junmatsuo

松尾 順(まつお じゅん)

1964年、福岡県生まれ。早稲田大学商学部卒業後、マーケティングリサーチ会社、シンクタンク、広告会社でのキャリアを経てネットベンチャー起業を経験。2001年、シャープマインド設立。さまざまな企業のマーケティング課題解決を支援している。
また、自身がキャリアに悩んだ経験から、キャリア理論・カウンセリングやコーチング、心理カウンセリング等を学び、キャリアデザイン講師など、「キャリアアドバイザー」としても活動している。(有)シャープマインド代表、「マーケティング心理学」主宰

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